スズメバチのお話

キイロスズメバチとその幼虫


 スズメバチに刺された。 

 私はその日、スカイパーフェクTVのアンテナを付けようと、ベランダに脚立を立て、左手でアンテナを持ち、右手で電動ドライバーを持ちながら、南向きの壁にドドドッ・・・とネジを打ち込んでいた。

 突然、頭の上でなにやら小さなものが周りを飛び交う気配がし、とたんに頭頂部の左に「チクッ」とした痛みを感じた。瞬間的にハチだと思い、無意識に左手で払いのけようとしたが・・・突然刺された箇所が、ガーン・・・と痛み始め、危うく私は脚立から足を踏み外すところであった。

 ウワ〜ッと声を上げて、私は家に飛び込み、頭を抱えて床に倒れこんだ。中にいた弟子がその声に驚き、倒れた私を覗き込む。「ハチだ、ハチに刺された・・・」と言いながら私はその痛みが尋常でないのを感じていた。「タ、タイガーバームを・・・」私は呻きながら言い、傷む部分にたっぷりとすり込んだ。しかし痛みは軽くなるどころかますます激しさを増してきた。痛む頭を抱えながら、ベランダに出て軒を見ると・・・なんとアンテナを取り付けていたその真上(1メートル)に、三内丸の内遺跡で見たような、あの恐ろしい縄文土器が・・・。

 それを見たとたんに、ますます痛みが増したことを告白しよう。

 山にいると虫にはけっこう刺されるものだ。普通のハチには何度も刺されているが、2、3分で痛みがなくなる。ムカデも今年刺されたが、あれは20分ほど痛かった。ヒルは痛くはないが、血が止まらなくて困るのと、何より気持ちが悪い。群れで来るアブもうっとおしいが、一番イヤなのはブイ(ブユ)である。あとが痒くてたまらぬ。リンク仲間のきーやんが、昔半袖で鮎釣りをして、ボコボコに刺されたのを思い出す。1ヶ月以上、彼の両腕は気味が悪いほどボコボコであった。

 それに比べてスズメバチの痛いことったらない。頭を刺されたからかな・・・とも思ったが、とにかく尋常な痛みではない。しかし、医者に行くつもりはなかった。注射は嫌いだ。だから、頭を抱えてぶっ倒れていた。タイガーバームは虫刺されには非常に有効な塗り薬で、一風氏も愛用している。以前ハチに刺された弟子が、ギャアギャア騒ぐので塗ってやったが、すぐに刺された箇所から透明の膿と毒液が玉状になって出てきて、痛みが治まった。私の頭も、翌日ではあるが、多分膿と毒液が排出され、固まっていた。普通腫れると言われているが、まったく腫れも無かった。

 しかし2時間経っても3時間経っても痛みはひかない。ズキン!ズキン!と脈拍にあわせて痛みが走る。そのうち私はだんだん腹が立ってきた。「あのクソスズメバチめ〜」今に見ておれ!!!。少し痛みが治まった頃、私は釣り用の帽子をかぶり、水中眼鏡をかけ、その上から頬かむりをし、長袖の地厚のシャツを2枚着て、手袋をし、Gパンに長靴・・・という異様ないでたちでリベンジバトルを挑むことにした。もちろん手には虫スプレーを持って。

 普通は夜になって、ハチどもが全員巣にこもってから退治するのが常識であることは知っていたが、私は一刻も早くやっつけてやりたいと思ったのだ。それくらい激しい痛みだったと理解してほしい。

 

 再び脚立に登り、虫スプレーを吹き付けてやると、縄文土器の外側にたむろしていたハチが数匹向かってくるのが見えた。一匹が水中眼鏡に体当たりしてきた。しかしたいていのハチは逃げ惑い、向かってくるうちにスプレーでバタバタと落ちていく。「コノヤロー、コノヤロー!」と私は小さく叫びながら、スプレーを吹き付けた。一段落して、ハチが一通りいなくなったのを見計らい、高枝切バサミで巣を落とした。縄文土器の中から、上の写真の巣が出てきた。どうやら二段目を作りかけていた途中だったようで、幼虫が入っていたのはこの巣だけだった。中でクネクネと気味悪く動き回る幼虫・・・このときはまだ食べる気にはなれなかった。

 家に入り、インターネットでスズメバチについて調べることにした。よく考えたら、私のスズメバチに関する知識がはなはだ浅薄だというこ


 翌日、和田さんがやってきた。スズメバチの話をすると、「そりゃぁ、痛かったろう・・・ポンポンに腫れるでなぁ・・・アレは・・・。」といいながら幼虫を見て、目を輝かせた。

 「オッ、コレは旨いでぇ・・・、コレは・・・」

 コレを食わなければ人間ではないらしい。村の人はみんな好きで、大きなハチの巣を獲ったと聞くと、どこからとも無く人が集まってくる・・・というくらい素晴らしく旨い食い物であるらしい。かくいう私はハチノコを食ったのは過去2回。ズーッと昔に食って味を覚えていないのが一回と、6年ほど前に『ハチノコ入り炊き込みご飯茶漬け』という長ったらしい代物を食ったが、その時はどちらかというと成虫が多く、しかも茶漬けだから、そのままそれが茶碗の表面に浮かんできて・・・確かに独特のこくとか旨みがあるのは感じたが、それ以前に精神的に、心理的に旨さを感じなかったのだ。以前、バールで壁板をはがしている時にカメムシを潰してしまい、その飛び散った液体が口の中に入ってしまったことがある。・・・今思い出してもおぞましい出来事であるが、『口を開けて作業をしているからだ・・・』という批判はさておき、昆虫の体液に対する嫌悪感がその時以来、身についてしまっていたのだ。

 巣から取り出したハチノコ。グニグニ動いている・・・ウジだ。コレをそのまま口に放り込んでも旨いらしいが、ま、それはリンク仲間の魚菜氏に任せよう。でかいイタドリ虫を舌なめずりして噛みちぎる男だ。

 言われた通り、フライパンで炒めて塩を振った。

 ちょうどお盆で、子供やその友達もいたから、『ここに来たからには、一人必ず一匹は食うべし』と言っておすそ分けをした。キャァキャァ騒ぐのを横目に、和田さんと二人で口に放り込んだ。

 「アッ!ウマイ!旨いぞ、これは!」

 思わず声に出した。和田さんは目尻を綻ばせ、嬉しそうに大きく頷いた。

 『ウマイやろ?』

 子供たちからも、『ホント、けっこう美味しい!』と声が上がった。今でもはっきり味が舌に残っている。私はこの甘味とこくが、何かに似ていると思った。そう、干した貝柱・・・そんな感じのこくがあった。それを言うと長男坊が『いや、ピーナッツみたい』と叫んだ。コイツの舌はまだ幼い。

 ハチの巣は今のところ趣味千山にあと2個掛かっている。スズメバチではないが、どんなハチでも同様に美味しいという話だ。虫が嫌いであった私は今やハチの巣ハンターに変身しようとしている(笑)。


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