私の音楽歴


 プロじゃないんだから音楽歴なんて大それたものではありませんが、 数ある私の趣味の中で、実は一番長いのがこの音楽なのです。

 中学校一年生の時、映画「禁じられた遊び」のテーマ曲を聴いて・・・あぁ、オイラも弾いてみたい!と、岐阜の田舎少年が思ったわけです。その頃はこれがきっかけでギターを始めた人も多かったのです。でも当時は誰もが貧乏だった時代で、また教育も今みたいに子供に甘い時代ではなかったから、そんなに欲しきゃ自分で働いて買いなさいということになり、これまた当時は中学生が働いても良い時代であったから、すぐに牛乳配達を申し込んでやり始めた。確か一ヶ月で1000円ぐらいの収入だったと思うが、3ヶ月間牛乳を配り、ガットギターを買ったのが始まりといえば始まりかもしれない。ギターにはワイヤーが張られていたが、ナイロン弦の存在も知らず弾いていたものだから、すぐに指が痛くなった。そして上手く弾けないまま、最初のギターは埃をかぶることになった。

 この頃、ビートルズが日本にやってきた。初めてテレビで見たビートルズ。ポールマッカートニーがグラグラするマイクを時々手で直しながら歌ったYesterdayのシーンが今でも目に焼きついている。「なんで誰かが出てきて直さないんだろう」とイライラしていたからかもしれない。前座がえらく長かった割りに、演奏はすぐに終わってしまった。この時のBEATLSはカッコ良かったというより、雲の上の人たちに見えた。ビートルズはこの時よりももう少し後になって曲を聴くようになった。この時はまだその本当の良さに気づいていなかった。こういう曲を聴き慣れていなかったのかもしれない。

 その後高校に入って友人と可児に行ってヤイリギターを買って当時流行りはじめたフォークソングをやりだした。アメリカンフォークからジャパンフォーク、高校の時に友人と3人で岐阜で行われた岡林信康のコンサートに飛び入り出演したこともあった(当時はそれが彼のコンサートスタイルだったのだ)。歌もこの頃から作り始めた。シンガーソングライターという言葉がまだなかったが、その走りである。予備校時代にかけて友人や彼女に聞かせながら得意になって作っていた。今も当時の詩集や譜面が残っているが、ま、それなりになかなかのものである(笑)。そうそう、予備校時代には当時東海ラジオのディスクジョッキーをやっていた森本レオさんに出演依頼をして予備校でコンサートをやったこともあったっけ。満員の教室で私が前座でイエローサブマリンを歌っていると、途中で森本レオさんがギターを持って入ってきたのを覚えている。予備校生の息抜きということで最初出演料は要らないよと言っていたのが、マネージャーだかが出てきて、「すいません5000円だけいただきたいのですが・・・」ということになった。それが交通費だったのかは忘れたが、予備校が払ってくれたことは覚えている。ま、こんなことやってては受験、落ちるわなぁ・・・次の年も予備校生だった僕・・・。

 大学時代も曲は作り続けた。この頃の譜面は全て残っている。歌というのは不思議なもので、作って数回しか歌ったことのない曲でも詞を見るとちゃんと覚えているものである。友人と二人でコンサートにも出たこともある。数百人を超す観客で、足が少し震えたが、昔からけっこう舞台度胸はあった。ブラジル旅行でも曲は一杯作り、ラテンギター(ドブロギター)を買って帰ってきた。

 ドブロギター

 ビートルズは当時解散していたが、その頃一番聴いた。今でも歌詞さえ見ればほとんど歌えると思う。ブラジルに行った時も、ビートルズのおかげでずいぶん助かった(笑)。音楽は世界共通の言葉なのだ。音楽をやって生きていけたらなぁ・・・と考えたこともあったが、結果的にはやめて正解だったかもしれない(歌が下手)。しかしその夢を捨てたということで、かえって長々と趣味として続くことになった。学校を出て就職しても曲を作り続け、仲間がいないから自分ひとりでテープダビングして録音し、周りの人に聞かせた。それが今でも続いているということだ。大学時代も音楽をやるヤツはいたが、音楽の方向というか志向というのかが微妙に違い、一緒にやるということが結局なかった。音楽に関しては、積極的に集めようとしたこともないが、今でも仲間がいない状況だ。これは私の長い趣味人生の中でも特異なことである。

 楽器については、学生時代まではギター(しか買えなかった!)。社会に出てから、キーボードをはじめた。と言っても所詮演奏のサブとして使っていただけだが、ある時(1996年)突然ピアノを貰うことになり、それが趣味千山にやってきた。最初にポロンと弾いたときに、「あ、俺ってこれがやりたかったんだ!」と心底思いました。当然それまでにピアノに対する憧れみたいなものは持っていたのですが、それが買うほどの気持ちじゃなかったってことかな?。しかし現実に自分のものになったピアノに触れると、その音の深さに、すっかり興奮してしまいました(笑)。

  オベーションとピアノ

 猛練習が続きます。一応コードが分かっているので右手でコード、左手でベースという伴奏スタイルで、ピアノの弾き語りが出来るようにするのが当面の目的でした。ビートルズのHONEY PIEという曲がやれるようになった時は嬉しかったなぁ・・・。よし、次はLET IT BEだ!なんてね、長い間興奮状態が続きました。山の中にある趣味千山ですから夜中にどんなにガンガンやってもびっくりするのは猿だけです・・・この頃はある意味一番音楽に燃えていました。

 長く使ったYAMAHAのキーボード

 当時は昼に鮎釣りをやったり木工をやったりキノコや山菜を取ったり花を見に行ったり・・・そして夜はピアノで歌う・・・こんな生活でした。あ、いや、もちろん仕事もしていましたよ!。もちろん自分の歌もダビングで作り、最初はテープだったのがCDになりました。

2000年 自作CD「風のように」  これはつまり私のそれまでの音楽の集大成みたいなCDです。当HPでもMP3で一部を公開していますので興味のある方は聞いてみてください。もともと完全主義の私ですが、歌になると「ま、いいか」ってことが多いため、少し聞き苦しいところもあるとは思いますが我慢してくださいね。ただ編曲・演奏は、素人としてはまあまあだと思っています。

そんなこんなで40年以上続けてきた趣味の音楽、最近ハマッているのはなんとショパンです。もちろんショパンの曲を弾くのですが、まともには当然弾けないので@出来る限り易しいは調を中心にAアレンジの易しい譜面を探し出しB全曲ではなく一部の有名なフレーズだけをC雰囲気だけを重視し適当に・・・弾いています。それでも知らない人が聞けば立派なクラシックです。ハハハ。しかし聴けば聴くほどクラシックピアノは素敵ですね。数々の美しい旋律が当時もうすでに先人たちによって作られていたことがわかります。現代の音楽はその旋律の上に立って繁栄しているのです。

そんなわけで今の私の音楽部屋です。本当はグランドピアノが欲しいのですが、いいものは目の玉が飛び出るほど高いのです。趣味なんだから(演奏が下手なくせに)もったいないと言われますが、スタインウエイ&サンズのピアノが夢です。


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