夏の東北2人半の旅


8/11 まずは新潟 

 

 前日までキョンを連れてゆくかどうか迷っていたが、意を決して連れてゆくことにした。二人きりと比べて大変な負担になることは目に見えているが、いなければいないでやや退屈で手持無沙汰ということもある。いやいや、普通のテンションではないんですよ、この4歳児は・・・。先日も腹筋を70回やりました。70回ですよ!。そう言えばまだ寝返りも打てない赤ちゃんの頃からこの子はベッドでなんとか頭を持ち上げようと腹筋ポーズをしていたっけ・・・その結果普通より相当フィジカルな、つまりおてんば娘に仕上がってしまったのです。

  新潟にとりあえず来たのはこの写真の兄ちゃんに会うためです。 イチローというのが彼の名前ですが、音楽スタジオを新潟市内で経営している兄ちゃんです。彼自身はいわゆるミキサーですが今まで結構有名なミュージシャンを録っているようです。詳しくはスタジオN-TRIVEのHPを見てください。以前一風の家で彼と出会ったことのある私は、自分の歌の録音を彼にお願いしようと思っており、その前にスタジオを見せてもらいに来たのである。もちろん自分で多重録音で歌を録音してCDを作る・・・自分で楽しむアマチュアならこれで十分かもしれないし、実際録音機材も自宅に揃っているのであるが・・・やはりプロの音は格段に違う。そして(特にここは重要であるが)優れたデジタル技術で音程の違いやテンポ、強弱などの修正もしてくれるのである。還暦の記念に今まで作ってきた曲の一部をCDにして(誰も聞かない とは思うが)後世に残す・・・これは数ある私の趣味の中でも一番長く、そして一番愛している音楽というものに対する私の記念碑なのだ。やはり蛇の道は蛇、プロに頼むほうが出来上がったCD、配りやすいよね(笑)。

 そんなわけで柿の種と4人、いや4人半で居酒屋に行って食事。その夜は新潟に泊まる。明日は仙台に行く。


8/12 仙台、名取 

 

 東北自動車道は結構渋滞していたので途中国見で下り、349号線で仙台に向かう。仙台に近づき、名取地区に向かう道路で最初に目に飛び込んできた光景がこの写真である。まだ海岸まで数キロの地点だ。

 

 

 この辺りは仙台空港の近くで、比較的平坦で広い地域だ。それでも4、5mの津波が押し寄せて建物をなぎ倒したのが分かる。右上は2階部分。海岸線に沿うようにがれきが山積みされており、道路は通れるようになっているが、あちこちにこうした家や車の残骸が散らばっている。

 

 仙台は以前と変わらず無事だった。それにしても日本の建物は地震に強いね。震度6〜7なんて強烈な最大級地震にもびくともしない。むしろ液状化や地盤沈下でダメになった家は多いのだが、建物そのものが崩れ去ってしまうということが(特に最近の建築では)少ない。仙台市内の牛タンの利久もちゃんと営業していました。4月に岐阜の私の会社にコネを伝って仙台のNPOが「車両を貸してほしい」と依頼があったので、即決でハイエースバンと軽トラックを貸し出した。少しでも復興に役立ってくれることを祈っている。


8/13 南三陸町

 

 国道45号線、陸前戸倉。潮に浸かった杉が枯れている。トンネルが見えるが気仙沼線の電車の線路。写真左手に戸倉駅があった筈だが跡形もなく崩れている。右の写真の白いコンクリートは防波堤である。えぐり取られるように津波に押し流されている。名取地区と違って山に囲まれたこの地域は津波も10mを越し、跡形もなく家々を押し流した。

 

 

 南三陸町志津川。上の写真左手に見える鉄骨だけになった建物があの(女子職員が避難放送を自分が死ぬまで続けたという)防災センター。あとで以前のこの地域の写真を見たが、この川沿いにはびっしりと民家が立ち並んでいた。今は見る影もない。うず高く積み上げられたがれきの山。とりあえず積んであるだけだから、これをこれから処理しなければならない。右の写真は志津川病院。津波の中、屋上で手を振る人々がTV映像に映った 病院だ。

 

 がれきを処理した後、人々はここに住むのだろうか?。でなければ一体どうするのであろうか。地震により海岸線で地盤沈下した土地も相当な面積に及ぶ。そこに家を作るのはさらに大変だ。この南三陸のように町役場も流され、自治体として機能していない所なぞ、どうやって復興計画をまとめ上げてゆくのだろうか・・・町の残骸を眺めながら、暗澹たる気持ちにさせられた。

 

 気仙沼、陸前高田、大船渡、南三陸・・・多くの津波映像がTVやYOU-TUBEで流されて、変な意味で”有名になった”場所ばかりではない。その途中の小さな村落も当然同じようなダメージを受けている。平等な復興の手が差し伸べられるよう願っている。

 ところで今年から替えたスマートフォン、旅先において便利この上ない。近くのマップから温泉、名所などの検索から宿泊予約まで出来、今まではノートパソコンを持ち歩いていたのだが、その必要が無くなった。まったくここ10年ほどのこの分野の発達には目を見張るものがある。

  途中ナビをセットして気仙沼から今夜の目的地の八幡平まで結構な道のりがあることを知り、陸前高田をパスして八幡平に向かう。八幡平は三度目だが、ホテルに泊まるのは初めてだ。到着するとさすがに涼しい。久しぶりに夕食付のホテルに泊まったが、昔のお仕着せの料理とは違う、なかなかおいしい料理であった。キョン用に居酒屋からフライドポテトや枝豆、冷奴などを同じテーブルに調達してくれたのも有難かった。


8/14 八幡平から青森

 

 朝起きて、食事をし、まだ涼しいうちに屋根を開けて頂上まで走る。実に爽快である。このためにこの車で来たのである。

 

 八幡平頂上…キョンにサブのデジカメを渡したら撮って撮って撮りまくり、一日で2ギガのメモリーを一杯にしてしまった。ほとんどがピンボケだがたまにこんな写真が撮れている。とくに目的地もないまま、行き当たりばったりで北進すると、五所川原に着いた。竜飛まで行ったことはあるが、西海岸を見たことが無いのでそちら経由で竜飛岬に向かう。

 途中の十三湖。広大な湖である。このおてんば娘ははしっこく、目を離すとすぐにどこかに行ってしまう・・・だからいつも「キョン!こら!こっちにおいで!こりゃ!ダメダメ!!」なんて叫んでいなくてはならない…挙句の果てに「抱っこして!」とくる。10年前ならいざ知らず、今はそれが非常に疲れるのである。

  途中細い道路と濃い霧に神経を使いながら、竜飛岬。ま、そこそこの観光客はいたが、賑わっているほどでもない。冬の厳しさが樹木の様子で分かる。冬は誰も来ないんだろうなあ。夕刻、青森市に向けて車を走らせる。途中、車を止めて外に出るとアブの大群が襲ってくる。岐阜あたりでもお盆を過ぎるとアブが出てくるから、こちらはもっと早いんだろう。6時ころ青森のホテルに到着し、夕飯を求めて街に出る。

 

  青森の寿司屋を数件ピックアップし、結局この「寿司一」に入りました。海辺によくある鮮度だけを売り物にする寿司屋と違い、工夫されたいわゆる江戸前寿司です。客が我々だけであったことと、母親という恐ろしい存在から解放されて自由奔放に振る舞うキョンにつられてか、店の主人も奥さんもにこやかに話相手をしてくれました。我々はお任せ寿司、ちなみにキョンの食べたものは「かっぱ巻き」と「きゅうり」と「海苔」でした。いかんせん遠慮というものが無いので「もっとちょうだい!」と何度もしつこくリクエストし、店に用意してあったキュウリ全部と海苔の約半分がキョンに食べられてしまいました。ネタやタレにそれぞれおいしく食べる工夫がされており、なかなかの寿司屋さんでした。


8/15 不老不死温泉経由で秋田

 青森市から再び五所川原経由で鰺ヶ沢方面・・・海沿いで秋田まで行くことにする。不老不死温泉に向かう途中に深浦町(西津軽郡)の日本一のイチョウの木が立っていた。何本もの枝に分かれているが幹回り22mもあるそうだ。

 

 不老不死温泉の景観におてんば娘は大喜び。岩を登ったり下りたりして騒ぎ、入浴客がビックリしている。ここは以前にも一度来ているが、その時は海に潜って遊んだ後に温泉に浸かった。海にはサザエやらウニがいっぱいいたことと、ちょうど夕刻で、夕陽がきれいだったことを覚えている。

  

 写真は上がじょしゅの食べた海辺の昼ごはん。下は秋田市内の夕食で地ビールレストラン。下の右はスマートフォンをいじっていたキョンが突如「ほら、顔が写ってる!」と騒ぎ出して撮った写真。カメラを裏から表に変えてしまったのだが、やった子供もすごいと思うが、やっぱり(子供でもいじれる)スマートフォンもすごい。


 8/16 秋田から銀山温泉経由で山形へ

 秋田から山形は距離も近いが以前行けなかった銀山温泉にゆっくり行きたかったので山形泊まりとした。山形は以前、一風夫婦に山寺に連れて行ってもらったこともあるし、月山だったかに紅葉狩りをしたこともあるが、泊まるのは初めてだ。近いので横手辺りで高速を降り、道の駅に寄ったりしながらのんびりムードで進む。

 横手焼きそばはB級グルメ食だからこういうところで食べればよいのである。道の駅は増えましたね。確かにあると便利ですが、確か自動車税を使って作っているんだよね。地域活性化にはなるのだろうが、不採算地域はどうしてるのかね?。

 

 横手焼きそばは10時、昼過ぎに新庄まで進み、うまい蕎麦屋を携帯で探す。近くに「さぶん」という蕎麦屋があることを知り、入る。なかなか雰囲気が良い店だが、昼過ぎに入って食べ終わって出てきたのが2時過ぎ・・・蕎麦屋でこれだけ待たされたのは初めてだ。東北の人は忍耐強いとは聞いていたが・・・じょしゅと二人きりだったら途中で出ていたかもね。あまりの退屈さにキョンが壊れて大騒ぎ。おかげで退屈はしなかったが。

  

銀山温泉は尾花沢市にある大正時代の風情ある建物が残る地域であるが、思ったより狭い。こんなところが観光地として人を集めているのがやや不思議な気もするが、しょせん日本の国は何もかも規模が小さいのだ。

 母親がいないとキョンは全くもってわがままな生物に変身する。「抱っこ、抱っこ!」と騒ぎ立て、抱っこしてやらないと「お腹が痛い」とか「足が痛い」とか嘘をつく。そのくせアイスクリームを見ると食べると言ってきかない。「お腹が痛かったんじゃないの?」と聞くと「なおったも〜ん!」と言い放つ。イタズラをして叱って尻を叩いても平気の平左で笑って「ベロベロベー」…すっかり私を見下している(笑)。何をしても本気で叱ったことが殆ど無いのですっかり安心しきっているのだ。反対にじょしゅは時々本気で叱るので嫌われている。

 銀山温泉を出たのは5時近かった。 山形市のホテルに着いてのんびり。駅前まで歩いてみたがなんだか暗い。夜の岐阜の柳ケ瀬を歩いている気分。地方の経済はどんどん衰退の一途を辿っているようだ。国策を大きく転換しないと、このままでは日本はダメになる(もうダメになっている?)。肉好きのキョンとじょしゅの提案で米沢牛の焼き肉を食べる。キョンはタンを独り占めして食べ、帰りにお腹が痛いと言って私の背中に乗り、ホテルに着いたらすっかり治ったそうだ。


8/17 山形から岐阜

 

 遠いなー、帰れるかなーと思っていたが、昼に喜多方の道の駅でラーメンを食って、そのまま高速に乗り、夜の7時ころには岐阜に到着です。途中キョンが退屈するだろうと大好きなプリキュアのDVDを買ったのですが、延々と6時間も7時間も同じDVDを見せられる羽目に陥りました。確か7000円もするDVDだったので内心(高いなー)と思ったのですが、家に帰っても繰り返し繰り返し何度でも見るので、ある意味安いかもしれません。本当に子供という生き物はスゴイなって思いましたね。

 


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